※ネタバレしまくりです。
『ファニーゲーム』の本編のネタバレと、同監督の『隠された記憶』のネタバレを含みます。

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▲「楽しいだろう?」

みなさん、『ファニーゲーム』という映画を知っていますか?
知らない方は、知らなくていいです(笑)。
知っている方の大半はこう言うと思います。
「あ~、あの胸糞悪い鬱映画ね」、と・・・。
いや、ちょっと待ってください。
胸糞悪い鬱映画だと感じるのは自由です。実際胸糞悪いし、内容が内容なので、鬱になる人の気持ちも分かります。
でも「『ファニーゲーム』=ただの胸糞悪い鬱映画」という認識が広まりすぎているのはいただけません。
先程もホラー映画を紹介するアカウントが、「何のためにこんなものを作ったのか?全てが異常」と評しながらも高評価、というパターンを見かけてさすがに耐えられなくなり、こんな記事を書いた次第です。
まあ、「SNSでは大袈裟な文章の方がバズる」とも言いますし、それを狙ってそう書いたのだと信じ・・・られねえ。信じられねえ。人間が一番怖い。
というわけで『ファニーゲーム』について語りますよ〜。
私は『ファニーゲーム』は「世界一大嫌いで大好きな映画」です。訳わかんないかもしれないですがそうなんです。
「じゃあまず、君の『ファニーゲーム』愛を教えてくれるかな?」と聞かれたら、私は恥ずかしながらこう答えます。
「5年以上前に1回観ただけです・・・」と。


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視聴直後に、作中で流れるNaked City(ジョン・ゾーン先生の前衛バンド)のCDを即買いしたので、その履歴をみるとこの通り。なのでもう5年は観ていません。
そして、1度しか観ていません。リメイク版(内容からカメラアングルに至るまでまったく同じだそうです)も観ていません。
YouTubeで「あのシーンでも観るかぁ」とシーン単位でチラ見する事はあれど、通しとしては、正真正銘の1回きりです。
「なんだ、にわかじゃん」と思うかもしれません。
しかし逆に考えてみて欲しいんです。
「5年以上も前に1回観ただけの映画が、ここまで人の記憶に鮮明に残り続けている」と・・・。
ここからは「『ファニーゲーム』のここが凄いぞ!ポイント」を紹介していきます。
もちろん、ネットで答え合わせしながら書いている記事ではないですし、なにより1回しか観ていないので、細かな間違っている箇所はあるかと思いますが、そんなに大きく間違った事は書いていないはずです。


まずはストーリーを軽く説明します。
「2人の殺人鬼が幸せな一家を全員殺す」
以上です。
本当にそれだけです。
それを1時間半かけて描いているだけの、とんでもねぇ映画です。
それでは次に「ここが凄いぞポイント」を紹介していきますね。



衝撃のテーマ曲
一家が車でクラシック音楽の曲名当てクイズをやっている幸せな光景の中、
BGMがいきなりNaked Cityというジャンルでいうとアヴァンギャルドジャズ/グラインドコアな音楽に切り替わります。
歌詞のない絶叫と、絶叫と区別のつかないサックス。
異常の音楽です。
「この後、やばい事が起きますよ」感をこれ以上なく伝えており、インパクトは絶大中の絶大です。
ホラー映画としてここまで素晴らしいオープニングがあるでしょうか?
大半の方は雑音にしか感じないと思いますが、前衛音楽/エクストリームメタル界でも大変高評価の凄いバンドです。
ちなみに、ヴォーカルは山塚アイさんというこの手の音楽ではとても有名な日本人の方です。本作のテーマ曲2つはアルバム『Torture Garden』に収録されており、これがとんでもない名盤なので興味があれば是非。サブスクには無いよ!



「殺しの許可」
一家の元に殺人鬼2人(この時点では普通の若者)がやって来ます。「卵を下さい」と。
しかし何度も卵を落とし、何度もやって来ます。
主人は流石にイラつき、「しつけぇよ!!」と殺人鬼を殴ります。
すると態度が豹変、ゴルフクラブで主人をぶん殴り、「お前が先に手を出したからお前らが悪いわ。これからお前らを監禁するわ。」と言って監禁、全員殺す流れになります。
ハネケ監督(本作の監督)は恐らく「人を殺す様を楽しむ映画が大嫌い」です。こんな映画撮ってるんだから尚更です。
なので、シュワちゃんやスタローンがドンパチする映画も嫌いなんだと思います。
その手の映画は大抵、「悲劇をきっかけに主人公が大暴れ」というパターンです。
娘がさらわれる、家族を殺される、テロの被害に遭う。
そして男は立ち上がる!と。
これをとてもとてもひねくれた見方をすると、「悲劇を受けて初めて殺しの許可を得る」と言えるのではないでしょうか。
『コマンドー』でシュワちゃんが開幕早々警官をぶっ飛ばして車を奪って崖から人を落としてホテルで大暴れして軍人射殺しまくってたら流石のシュワちゃんファンも「こいつただのやばいやつやんけ」ってドン引きします。
しかし「娘をさらわれた」というシュワちゃんの事情を知っているから、人をぶっ殺していても納得できるし楽しいしむしろ笑っちゃう訳です。
つまり本作に関しても、
「卵を貰いにきただけなのに、ぶん殴られた。だから殺す。筋書きはバッチリだ。これなら殺人鬼の共感を得られるだろ?」と我々を嘲笑うハネケ監督の声が聞こえてくるかのようです。
「殺しの許可」を逆手に取った、前代未聞の挑戦です。



「これは映画だよ」
本作にはメタ発言、メタシーンが多数登場します。
象徴的なのが、監禁された主人の「もうこんな事やめてくれ・・・」に対し、殺人鬼が
「劇場用の映画って1時間半あるんすよ。だからもうちょっと待ってくださいね~。」
と言って尺稼ぎします。ダラダラと。
言い忘れましたが本作というかハネケ監督映画の大半は定点カメラ的な映像でBGMも先程のOP以外はまったくありません。淡々とした映画ばかりです。そんな作風で尺稼ぎされてもマジでなんもおもんないです。
っていうか、尺稼ぎですよ?!普通の映画は露骨にそんな事しません。
しかし本作はします。さっさと殺せばいいものを、じわじわと苦しめるんです。
何故なら、それが映画だから。これが映画だから。
そういう悪趣味な事をしているのがアクション映画でありホラー映画であり、人気の映画だから、と。
ハネケ監督の笑顔が脳裏に浮かびますね。憎たらしい!



「これが観たいんだろ?」
『ファニーゲーム』ですのでゲームします。
うろ覚えですが、とある命がお亡くなりになっている場面を被害者である一家に探させるというゲームです。
ここで殺人鬼がカメラ目線でウインクします。
「ここからが面白いんだよ」「どうだ?これが観たいんだろ?」とでも言うかのように。
当然ですがこんな凌辱監禁淡々映画でテンション上がる人はいません。
この時点で早速視聴者のテンションは「早く終わってくれ状態」です。
そこに「まあ見とけって」と、「ここが面白いんだって」「ほら、こういうのが観たかったんでしょ」とアピールしまくってきます。嫌がらせですね。
しかし、私が、あなたが観たかったものは、本当にそれだったはずなんです。



殺人に喜ぶ「あなた」
殺人鬼はショットガンを持っています(家に置いてあったものを取ったんだったかな?)。
で、さっさと撃てばいいものを勿体ぶります。
そこに奥さんが隙を見てショットガンを強奪、殺人鬼の片方を射殺します!!
ここでテンションが爆上がりしない人はいないでしょう!!
「ウヒョーーー!!ざまぁみやがれ!!奥さんナイスゥ!!」と全米が歓喜したかと思います。
しかしその後、もう片方の殺人鬼が「リモコンはどこだ!」と部屋を探します。いや何してんのこいつ、と思ったら、
リモコンでこの映画そのものを巻き戻します。ショットガンを強奪される寸前まで。
そしてショットガンを隠すので、強奪も射殺もは無かった事になります。映画として考えられない、チート行為です。
ここで視聴者はガチで冷めます。
しかし、同時に気付くんです。
「今の俺、悪人とはいえショットガンで人を射殺する場面を観て大喜びしてたな」、と。
「人間が一番怖い」。これは本作のキャッチコピーです。
これだけ見たらサイコホラーかと思うじゃないですか。
でも人間って、私の事であり、あなたの事でもあるんですよね。



「どうだ?怖いだろ?」
一家ですので子供もいます。子供も監禁されて襲われます。
そこで殺人鬼が「怖い場面だからBGMをかけよう」といってNaked Cityを流します。
ホラー映画は基本、怖い場面で怖い音楽を流しますよね?
殺人をスリリングなエンタメにしている訳です。
ここからはちょいと現実世界の話になりますが、テレビでよく「衝撃映像○○連発!」みたいなYouTube垂れ流し番組をやっていますよね?
とんでもない事故映像を流してスタジオ騒然、視聴者も騒然、でも「幸い命に別状はなかった・・・」で済む奴です。
そんなに悲劇を楽しみたいならネットでメキシコやブラジルの処刑動画でも観てろやって思いますけど、それはともかく、普通や一般という名の異常な正常者の皆様は気付いていないと思いますが、あれってドラレコや防犯カメラの映像の場合は、普通に考えてあんな露骨に音が入ってるはずがないんです。
そこに「キキーッ!」「ガシャーン!」みたいな後付け効果音を付けて盛り上げているんです。
実際の事故ですよ?それをエンタメに仕立て上げて、「こわーい」「キャー」とか言って心底楽しんでるんです。まさに悪趣味です。
『ファニーゲーム』はそれと同じ手法を使いました。
・・・いや、『ファニーゲーム』はフィクションであり映画であり、ましてやそれを作中で堂々とアピールしているので、悪趣味の中では可愛い方ですらあるのです。
そう考えると、「現実の方が悪趣味で狂ってる」と、思わずにはいられないですよね?



「日常化した殺人」
殺人鬼は普通に家に居座ります。テレビ観てます。これが滅茶苦茶ウザいです。はよ帰れやと。
そして「俺、なんか食べ物持ってくるわ」とかそんな感じだったと思うんですが、殺人鬼の片方が食べ物を漁りに行くところをカメラが追うんですが、そこで銃声が鳴ります
一人死にます。確か子供です。
テレビには返り血がべったりとついています。
これは非常に示唆的なシーンだと思います。
考えてみてください。誰しも「人が死ぬ映画、あるいは人が死んだ事件のニュースを流し見しながら食べ物を持ってくる」って事はした事があると思います。映画館ではポップコーン売ってるくらいですからね。別に珍しい行為ではないです。
しかし本作の「人が射殺される場面で、人が射殺される場面を映さずに食べ物を持ってくる人」の絵面はマジで異常です。
せめて死に際くらいマジメに見届けろよと言いたくなります。
でも現実はテレビで殺人事件のニュースを見ながら「怖いねぇ~」とか言ってくつろいでる頭の中がお花畑の人や、人がバンバン死ぬアクション映画の最中でちょっとお菓子を持ってきたりする私みたいな人で溢れ返っています。
日常の中に、普通に殺人があるんです。
そんな日常の異様さを、映画を通して嫌というほど伝えた訳です。



「だって、映画なんだから!」
一家をぶっ殺し終えた後、湖に遺体を遺棄しながら「結局これは映画なんだよね」的な事を殺人鬼が喋りまくります。
これはとても気楽になれるシーンです。
あまりにものめり込んでしまった胸糞鬱映画が、
「これは映画だから誰も死んでないし、フィクションだからこんな事件もないですよ」
って、公式が改めて教えてくれるのですから。
「良かった、こんなに苦しんだ人も、こんなイカレた人もいないんだ」と、安心できます。
あんなに壮絶な映像があったにも関わらず、それが「現実ではないから」という理由だけで気楽になれるんです。
これは鬱映画の視聴者の「鬱映画観」に一石を投じるシーンだと思います。
「主人公からしたら鬱だろうけど、そもそもの主人公が映画の中の存在だからなぁ」
「鬱展開だけど、これは映画だし実際にそういう事が起きてるわけじゃないしなぁ」
そう思えるようになる訳です。
興ざめと感じる方もいるかもしれません。
しかしこのシーンは私の中では、「鬱とかハッピーとかに囚われず、作品をいち作品として素直に観る事ができるようになった」という革命でした。
「この陰鬱な展開には、こういう意図が含まれているのかも・・・」
「この表現は、もしかしてアレの隠喩なんじゃないか?」
「おっ、こうやって終わるわけね!この脚本は上手いなぁ!」

そういった、「感情移入」だけではない、以前とは違った「映画の面白さ」に気付くことが出来るようになったのです。
『セブン』も『ダンサーインザダーク』も『ミスト』も、同じくハネケ監督の『セブンスコンチネント』も、本当の意味での鬱だなんて思いません。
だって、映画なんだから!




「暴力は不快」
暴力は不快です。
「いやいやwんなわけないでしょw」っていう方は、本作の主人のように、ゴルフクラブでぶん殴られてみてください。
あるいは、あなたの家族が本作の一家のように、監禁され、しまいには射殺される様を想像してみてください。
想像したくもないですよね?
暴力は不快なんです。
そんな当たり前の事実を1時間半も使ってぶつけてきて、誰もがそれを痛感する訳ですが、
驚くべき事に、本作には目を背けたくなるような直接的な暴力描写は使われていません。
「暴力映画を嫌う監督が、暴力の不快さを訴えるために、暴力描写のない暴力映画を撮った」
凄すぎませんか?
凄まじい技量のひねくれ者です。



「面白そうでしょ?でも面白くしてやんない」
「幸せな一家の元に、2人の殺人鬼が現れる!」
この部分だけ切り取ると、ホラー映画好きのみならず、大衆にまで「面白そう」と思わせる事が出来ます。
しかし蓋を開けてみれば、「面白い」、ましてや「楽しい」とは対極です。
「こんなもん観せやがって!金返せ!」とブチギレる観客の方が遥かに多かった事かと思います。
しかしハネケ監督にとってはそんな大衆なんかどうでもいいんだと思います。
むしろ狙ってブチギレさせて、「いやいやwこの映画の面白い所はそこじゃないんだからwわかる奴だけわかれば良いよw大衆様は勝手にブチギレてろよw」って思ってると思います。いやむしろ絶対思ってる。
ハネケ監督はこの手法が得意です。
『隠された記憶』という作品では、「一家に、家の前を撮影しただけのビデオテープが延々と送りつけられてくる」という異常事態がテーマです。こんなあらすじ、誰が見たって「面白そう!」ってなります。
しかし、誰がビデオテープを送りつけてきたのかは作中で一切明かされません
「衝撃のラスト!」なんて、そんなもん無いです。
なので大衆様はブチギレる訳ですが、なんというか、「とても言葉にはしづらい何か嫌な感情が、これでもかってくらい伝わってくる」んです。
まさに「わかる奴だけわかれば良いよ」です。
「わかる人」としては、「この映画は私一人に対して作られたのかなぁ」と、特別な気持ちになれます(笑)。
作品としてのパワーが凄まじいんです。
とことん、ひねくれていますがね(笑)。



最後に
いかがでしたか!?
『ファニーゲーム』は凄い映画なんだなぁ、ハネケ監督は凄い監督なんだなぁ、と、
少しでも思っていただければ幸いです。
最近Blu-ray盤、それも日本盤が発売されたようですので、近々買おうと思っております。
長いこと価格高騰したレンタル落ちDVDしか見つけられない状態の作品でしたので、発売は嬉しい限りです。
この調子で、他のハネケ監督作品もBlu-ray化して欲しいですね。

おわり